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大和田菜穂さんのリトリート

3日からの大和田菜穂さんのリトリートに行ってきます。

ヒーリング系のリトリートはいつも色々行ってるけど、悟り系のリトリートはガンガジ以来だからもうかれこれ10年ぶり???
SFだとアジャシャンティの地元だし、ルパート・スパイラ等々も講演会をやったり、リトリートしてたりするけど、行ったことはない。

やっぱり真我体験の後、何かがシフトしてしまったので、自分の外の世界に何かを求めるという動きはないです。 だから、リトリートに行ったりは全然してないですね。

この間フェイスブックのアジャシャンティのページにあった質疑応答がすごく参考になりました。
その際の書き込みもついでにコピー。


Q. “I have heard you talk about nonpersonal enlightenment and a deep love for the whole. How does that fit in with having no motivation?”
Adya “First, one awakens to personal freedom: the realization that you are formless consciousness itself. As consciousness, you are free of body-mind identity. Then there is the awakening to nonpersonal freedom. This is the birth of a vast nonpersonal love for the whole, for all beings and all things. It is the realization that you are the whole. Therefore, a freedom that is in any sense personal seems to pale in comparison to a love that is so much greater. This is a phase of surrendering any and all personal attachments to the greater good, the self. As self-centered concerns dissolve, a love that is all inclusive sweeps you up into its arms and into a new life of service, celebration, and love.
With the dawning of liberation, all motivations drop away. One does not act out of any reason or motivation; action simply occurs. Many mistake personal freedom for liberation because in personal freedom it is common to lose self-centered motivations to act. Many get stuck there thinking that they are in the highest state, but they are actually stuck in the emptiness, or absence, of self-centered motivations. They have not yet awakened to a truly selfless, nonpersonal love and life of service.”
The Impact of Awakening - What is Liberation? - Chapter 9
*簡単に内容を訳すと、
まず最初に個人的自由に目覚める。自分は形のない意識であると。だから、自分は身体・心だというアイデンティティから解放される。 その後、非個人的自由に目覚める。 広大な森羅万象全てに対する愛の誕生。自分は全てだという目覚め。ゆえに広大な愛と比べると、個人的な自由というのは見劣りする。全ての個人的な執着を真我に明け渡す段階。 個人的な懸念は消え去り、全てを含む愛があなたを愛の中に吹き飛ばし、奉仕、歓喜、愛という新しい人生に吹き飛ばされる。

解放の夜明けには全ての動機が無くなる。 理由や動機で行動するのではなく、行動がただ起きる。
多くの人が個人的自由を解放(目覚め)と間違うのは、個人的自由の段階で、利個人的な動機が無くなることがよくあるから。
多くの人がそこに留まってしまうのは、そこが最高の境地だと思ってしまうから。しかし、実際には個人的な動機で空とか無にはまっているだけ。
彼らはまだ真に非個人的な愛や奉仕の人生に目覚めてはいない。


大和田さんならバッサリいくとこだろうけど、アジャシャンティは詳しく説明してくれるので、分かりやすい。
私はまさしくこの状態。(笑)
だけど、これがHighest Stateじゃないのは分かってる。
no motivationというより、Identityがシフトしたからそれをどうこうしようというエネルギーがわかないといった感じかな。
だから、まぁ、たちが悪い。^^
とにかく全てを委ねる。
Let's surrender!\(^o^)/


大和田さんにバッサリしてもらうのが楽しみ。
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