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4つの欲望 

またまたセドナメソッドの話ですが、こういう事をやってるとありがたいことに、自分の心の奥にある、触れられると、“痛い”ところをグサッと刺すような出来事を、神様は用意してくれるようで、感謝(?)しております。 

エックハルト・トールが、「悟ったと思うなら、親と一緒に過ごせばいい。そしたらすぐ分かる」と言ってましたけど、他人だったらなんか嫌なことがあっても、限界があるけど、身内は厄介。
今までの色んな思いが蓄積されているから。

具体的な内容を書くのは避けたいので、要は、いきなりメールでとんでもないことを言ってきた訳です。他人じゃないし、無視するわけにはいかず、断ると、恨みつらみのメールが返ってきました。

当然最初は怒りがこみ上げたり、相手を批判非難したり、自分を見つめると、恐れがあったり様々な感情が出てきたので、そのつどリリースしてました。

いつもはそれでまぁまぁリリース出来るんだけど、今回は身内だけに根が深い。
以前習ったエネルギーワークで、ネガティブなものをリリースし、瞑想したりしてちょっと一息。

それでもまだまだ残ってるので、さらにこれらの感情を深く見つめていくと、その裏側と言うか、隠れていた欲望(執着)があるのが分かった。
*この作業はガンガジのとこで散々やったので、お手のもの。

セドナメソッドの本の201ページにある、「私」の図にある4つの欲望の一つ、承認欲求。これが根本にありました。

相手に自分の気持ち、立場を分かってほしい、認めてほしいと言った欲望があり、これをリリースすると、全ての感情がこれに根ざしていたのか、消え去りました。もう見事に「スカ~ン」とした感じ。

やっぱり全ての感情の源泉である欲望というか執着を手放さないと、いつまでたっても「感情のモグラ叩き」を続けることになるというのが、実体験を通してよく分かりました。


4つの欲求というのは、分離欲求、安全欲求、承認欲求、制御欲求の4つです。
これちょっと訳が固いですが、図にすると、

「私」 → 分離 → 安全 → 承認 → 制御 → 9つの感情 → 思考 → 世界

(なんだか、余計分からなくなったみたいだけど、そんな人は本を買うか、立ち読みしてください。)

まず真我があり、そこから「私」と言う意識が起こり(分離)、「私は肉体である」と言う認識につながり、その肉体として生存したい(安全)となり、その肉体である私を認めてほしい(承認)と続く。そして自分にまつわる様々なことをコントロールしたい(制御)となっていきます。
またそれにより、色んな感情が生じ、思考につながり、そう言うプロセスを通して、自分の体験している‘世界’が認識される。

はしょって説明するとこんな感じ。

だから、こういう一連の動きがなければいつも真我の状態になる。
瞑想したりすると動きが止まるので、それなりの体験が出来るけど、分離意識から生まれたエゴには長年の垢がこびりついているから、それをきれいさっぱり洗い流さないと、瞑想の後、エゴの自分に戻ることになるので、その体験は常に一時的なものにしかならず。

でも、こういうことをしているといつも思うのは、一連の動きは一切無視し、最初の「私」に集中し、「その私とは誰だ?」と問うたラマナはやっぱりスーパースターというか、人間じゃない。

いたらんMaxiは今日もリリース、リリース。
垢がいっぱいこびりついてるもんで。




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リリース!

新年一発目の話題は、やっぱりセドナメソッドの近況報告から。

CDコースはそのまんまですが、年末に日本のAmazonで日本語版の本を手に入れたので、今読みながらやってます。

英語版の本は読んでないので比較はできませんけど、体験談とか余計な話がほとんどなく、テクニックの解説が中心なので、本と言うよりすごく使えるテクストブックみたい。
CDコースのテキストよりも理路整然としているかも。


色々リリースしているせいか、変化が出てるのがうれしい。

あれだけ嫌がってた散歩がずっと続いているし、運動に対する抵抗が無くなったみたい。
以前は「身体にいいからしないといけない」とか考えて、無理やりやったりしたけど、今は何の抵抗もなく、普通にやってるのが私的にはすごい変化なんだけど、「それに対しても何の思い入れもない」、というのがまたいいところ。


リリースする例えとして、「手で握りしめているペンを手を開くと、自然に落ちる」と言うのがありますが、まさにその通り

日ごろ何とかしたい!と思っているネガティブな感情なんかも、実はしっかり握りしめている様がよく分かる。
そういうのを何度となくリリースしていると、リリースする対象が問題なのではなく、がっちり握りしめている状態(行為)が問題なんだと、つくづく思い知らされる。

だからセドナメソッドはネガティブな感情等はもちろん、ポジティブなものもリリースするというのが納得出来ます。

昨日のNHK大河ドラマ「天地人」で、達磨和尚の弟子が自分の心配な心を何とかしてほしいと言ったら、その心配を出してみろと言われた。弟子は心配というのは形がないから出せないと答えた。それで形がないということに気づき、悟ったという話がありました。

セドナメソッドでも、色んな感情やらパターンなんかをリリース出来るのも、それに形がないからとあったので、似たような話だなと。

ありもしないものを必死に握りしめているのは、まさしく自我の働き。
これを続けていると、たぶん自我の動きが弱まるんだろうな。


さぁ、今日もリリース、リリース

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