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どんくさ・・・

amachi1.jpg

アマチ:
http://www.amma.org/

今日はアマチがSFに来ているので、ダーシャンを受けに行ってきました。こことミシガンには年2回アマチが来るので、非常にラッキー

しかし!!!!!
なんと、トークン無くしてしまいました
サンクスギビングの日に、アマチにハグをしてもらうのはありがたいことだと期待してたのに・・・。

友達と話してたりして、バタバタしてたから、どこかに落としたみたい。

ああぁ、どんくさいやっちゃで、まったく

ということで、めげずに明日再度チャレンジ

*ミクシイ的なノリですが、まぁいいじゃん!(って、動揺してるからか、なぜか東京弁)


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ラマナは偉い!

ramana_face.jpg


下の日記に書いたように、ジョン・シャーマンは自我を破壊しようとしたそうですが、結局自我は破壊出来なかった。

自我が問題なのではなく、自我を自分だと誤認することが間違いだ!との結論に至ったそうです。

彼のブログを読んでいると、しっかり“目覚めた”人だと思うんだけど、ラマナはマインドを破壊することが必要で、自我が真我に溶け込み、二度と現われないのが最終段階みたいなことを言っているので、それを文字通り受け取ると、凡人にはとてもじゃないけど到達できない境地みたいだなぁ~。

太閤さんじゃないけれど、ラマナのことは夢のまた夢

昔銀行強盗、今はスピリチュアルティーチャー

johnsherman.jpg

ジョン・シャーマン
ウェブサイト:
http://www.riverganga.org/index.shtml
ブログ:
http://www.johnsherman.org/

彼は昔銀行強盗とかの罪で15年服役してたそうです。
93年にガンガジに会い、真我体験をし、ラマナの本を読み、真我に目覚めたようです。
その経緯がブログに書いてありますが、中々おもしろい。
今の私に非常にためになる。
真我体験をしても、結局は“体験”でしかなく、“ハイ”な時はいいけど、その後必ず“ロウ”に陥る。
その後の努力の過程が書いてあるので、興味のある人はどうぞ!英語ですけど。

*英語が不得意な人のために、いいとこだけ抜粋。(サービス精神旺盛やな、まったく
真我体験後、ラマナの「Talk」を読み、何かしないといけない!と思い、最初「私」というものを心の中にひたすら、四六時中探しまくったそうです。しかし、色んな体験をしたけど、どうも違うと。
そして、初心に戻り、“経験者である「私」とは何か?そしてこの経験者とは?”に集中。
ある日シャワーを浴びてる時に、「シャワーを感じてる経験者は誰なのか?その経験者とは?」と自問したら、そこで真我に目覚めたそうです。
(よし。明日は俺もシャワーを浴びて目覚めてやるぜ

自己探求に間違った方法などなく、ただシンプルに「私とは誰か?」と自問すればいいと。


数年前に一度サットサンに行った事がありますが、中々の人でした。
ロスのほうで活動しているみたいですが、機会があればまた会ってみたいです。

ブログのプロフィールにある言葉:
Self-inquiry will not make of you anything that you are not already, but it will, over time, destroy the false belief that you are this body, this mind, this story, this life.

That false belief is the root cause of all human suffering whatsoever.

自己探求というものは、あなたを今のあなた以外の何かにするのではなく、そのうち、「自分とはこの肉体である、思考である、自分の物語である、人生である。」といった誤った考えを崩壊させる。

この誤認こそが、全ての人間のあらゆる苦しみの根源である。

元服役者とのサットサン

ガンガジに会い、真我体験をした人は色々いますが、その中でもちょっと変わってるのが、元服役者の人。
様々な人がガンガジの本を読み、手紙を送るわけですが、その中には刑務所で服役中の人もいます。
今はどうか知りませんが、以前ガンガジは刑務所に行きサットサンをしたそうです。
終身刑を受けたり、長期に渡って収監されている人々は絶望のふちに追い込まれ、中には真摯に救いを求めている人もいるそうです。
そういう経歴を持ち、今その体験をシェアしている二人を御紹介します。


kenny_johnson.jpg

ケニー・ジョンソン:
http://thissacredspace.org/kenny_johnson_biography.php
彼のウェブサイトによると、10代の頃から犯罪に手をだし、20年以上あらゆる種類の刑務所で服役したそうです。

刑務所の中で真に自由を求め、刑務所内の教会に行ったりし、そして、彼を“牢獄”から解き放つ言葉を聞いた。

"It is my understanding that we have to wait until we die before we can receive God's Grace. Is that so?" She replied, "Kenny, God's Grace is here now! Kenny you think you are a convict, you think you are your name, you think you are a black man. Kenny you are none of these things."
ケニー:神の恩寵を受けるには、死ぬまで待たなければいけないものだと思っているけど、そうなのか?
ガンガジ:ケニー、神の恩寵は今ここにある!
     ケニー、あなたは自分を罪人だと思い、自分の名前だと思い、黒人だと思っている。
     ケニー、あなたはそのどれでもない。

これにより、彼は内なるの“牢獄”から解放された。

今ケニーは様々な刑務所に行って自分の体験を話し、服役中の人が真我に目覚め、真に自由になるよう活動されたり、その他の場所でもサットサンをしています。

先日ケニーのサットサンがあったので行きましたが、中々普通じゃ聞けない話しでした。
ケニー同様、元服役者(殺人)の人がいましたが、見かけはおっきなタトゥーがあったりして、身体もでかいし、強面な感じでしたが、目はキラキラ輝いていました。

以前はホンノ少しでも怒りの感情があれば、すぐに暴力を使うか、銃で殺すとかしてたけど、今はそんな事もなく、イライラしてもただそのままで、以前のようなことはないと言ってました。

刑務所で10代で100人以上殺した、その道のプロみたいなのが入ってきた時、今後彼が向き合わないといけないものの重さを感じ、同情する心しか浮かばなかったそうです。

ケニーの言葉はシンプルですが、非常に重みがあります。

神に、そして愛に感謝する心が伝わってきました。




   

人生最後の日

IMG_0058.jpg

以前行ったガンガジのウィークエンドリトリートのテーマで、「今日が人生最後の日」というのがありました。

今日が人生最後の日。

何かをしようと思っても、Too late!(遅すぎる!)
あれをしたかった、これをしたかったとかがあっても時間がない。
真我探求なんか、やってる時間もない。
全てはタイムリミット。
残念だけど、ゲームオーバー。

さて、この時どう過ごすのか?


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
書いた後、思いだしたので、ちょっと訂正。

確かリトリートでは朝これを言われて、午後のセッションでどんな気づきがあったのか、シェアしました。

“「What do you want?」(あなたは何をしたいのか・ほしいのか?)”はガンガジが良く言うせりふですが、この時言ったかどうかはいまいち覚えてません。



罠にはまる!

kumo1.jpg

最近調子が悪かった理由が判明しました。

どっぷり「罠」にはまってた

Seeker(探索者)というやつ。

過去のブログで、「やったらいかん」とか言っておきながら、私、自らやってました

私はガンガジやパパジの「全てを止めて、今ここに何があるか見つめる」という教えに導かれ、全てを神に委ねるバクティの世界が好きなのに、ラマナの本を読み、最後のサマディ、つまり、完全なる自我の崩壊なるものを目指さないといけないんじゃないか?!と思い、慣れない「修行の道」歩もうとして、足掻いていたような感じですかね。

そんな中、youtubeにあったパパジの講話で「自由とは罠だ!」というやつを見て、「あぁ、そうだな」と思ったり、ガンガジの講演会のお知らせにあった「過去のどんな貴重な体験も関係なく、過去のひどいあやまちも関係ない。ただ今ある自分でありなさい」というメッセージに感銘したりして、ちょっと復活

私にとって「修行」とは、まず最初に「今ある自分」を否定することから始まるような気がします。
どうしてかというと、修行というのは、行をしたら到達できる世界を目指すものであり、今の自分はダメだということを意味するから。
そうするとダメな自分を何とかしないといけないんじゃないか?!という、ネガティブスパイラルに陥ってしまう。
そんなことしてると何のためにもならない。

今朝の瞑想で、「ダメな自分をなんとかしよう」というのが出てきて、「ダメな自分」を意識したら、「ダメな自分」のうそ臭さ、虚偽性に気づき、「あっ!これ違うわ!こんなことやることないわ!」と感じ、「ダメな自分」を笑い飛ばしてしまった

「私というのは真に自由だ!」との思いがあり、軽くなったかな

幸せな気分^^

20071105125415.jpg

今も続いているけど、昨日から「しあわせぇ~」な気分です。

昨日はいつものごとくSRFの日曜礼拝に行って、ゴールデンゲートパークで散歩して、夜はテレビを見たりして、別に何てことはない普通の日だったけど、何とはなく幸せな気分でした。

寝る前もあまりにも幸せ感が強いので、寝るのがもったいないと思ったくらい。

毎朝、お祈り・マントラ・プチ瞑想とかやってるけど、やっぱりSRFみたいなとこに行って、1時間ほどゆっくり瞑想気分にひたるのはいいのかもしれん。
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