スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“スピリチュアルなMaxi”に喝! by ガンガジ

御好評(?)の“喝!”シリーズ第4弾!
真打登場!

シリウス・マハナンダさんの日記(http://sirius02.blog6.fc2.com/)にあった、

★「一切無執着」・・・それは自分のアイデンティティやら既得権益やらにも執着しない!ということでもある・・・時として霊的な道の途上にあっては、「私が一番大切にしているもの」それ自体を放り出してみよ!・・という命題に直面する場合がある。★

これについて私の体験をひとつ。

ガンガジに会う前はご多分に漏れず、色んなスピリチュアルな事をしてました。(今でも多少は・・・
色んなグルに会ったり、本を読んで教えに触れたり、呼吸法・瞑想法をやったり、マントラを唱えたり、神に祈ったり等々・・・。
仏教、禅、キリスト教、ヒンズー教、ニューエイジ系等々の分野も制覇!

しかし、ガンガジが私にしたことは、それまで後生大事にしていた、祭壇に祭った神々やグルとかその教えとかを一切合財投げ捨てて、何も無くなったのを、ただ笑っているような感じでした。

まるで、巨人の星の星飛雄馬のお父さんが、御飯ののったちゃぶ台をひっくり返したような感じ。(って例えが古い!

当然あわてふためいて、「何すんねん」とパニックになったけど、自ら求めた道なんで、仕方無しに最初はあきらめたというか、その後ゆだねることが出来たので、道が開いたような感じですね。

ガンガジがよく言うけど、「真理を求めるということは非常に“Radical”(過激)である。」

天国に行く事を約束されるでもなく、たとえ地獄に行こうが「真実を語る」その姿勢が重要だと。

どこに行くとか、どんな体験をするとかに思いを馳せるのではなく、その「私」に常に意識を向ける。そして全てを受け入れ、真実を語る。

これがガンガジのメッセージのエッセンスかなと思います。

スポンサーサイト

Call Off The Search! by パパジ

papaji15big.jpg

パパジも下記のようなラマナとの体験があったからこそ、

Call Off The Search!
(探し求めるのを止めなさい!)

Stop! Find out what remains unchanged.
(ストップ!何がずっと変わらないかを見つけなさい。)

というような教えに至ったのだと思います。

“神と対話”している人に喝!by ラマナ・マハリシ

ramana_face.jpg

最近はちょっとお休みがちですが、そんな時はラマナに御登場願います

“ラマナとパパジの対話”シリーズ第2弾!

ティルバンナマラィに来た頃、当初パパジはラマナアシュラムに住まず、かなり離れた所に住んでいた。

パパジはクリシュナの信仰者で、祭壇を祭り、毎日お祈り・瞑想をしてたので、クリシュナが現われたりしたそうです。

ある日ラマナと話す機会があって、いかに自分がクリシュナへの信仰が篤いかを語ったら、ラマナは、「今それが見えているのか?」
パパジは、「いや今は見えていない」
ラマナ、「どうしてお前は見えたり、消えたりするものを追い求めているのか?」


スピリチュアルな世界ではすぐに霊やら神との交信とかの本を出したりしますが、ラマナはそれを一刀両断

見える“像”を求めるのではなく、それを見ている“私”を探す。それが大事だと。

神、霊、光等々を求めている人へ、それを求めるのもいいけれど、それを求めている“私”をまず最初に探求しなさいと言うラマナのメッセージは、他のスピリチュアルな教えとは一線をかくしているように思います。

禅の教えでも、座禅中に何が見えても一切かまわず、お釈迦様が出てきたら、それを殺すと言うのがありますが、同じかなと思います。

ブログでは偉そうなことを言ったりしてる私ですが、これは全然分からなかったというか、受け入れられなかった。受け入れたくなかった。
なんでお釈迦様を殺さないといけないんだと。
もし、お釈迦様なんかが出てきたら、大喜びするんだけどなぁと思ってたから。
絶対“お釈迦様との対話”とかいう本を出してた。

そんな私がラマナの教えにふれられたのには、本当に感謝しています

今月の至言

IMG_0007.jpg


All cravings are the mind seeking salvation of fulfillment in external things as a substitue for the joy of Being.
                        by Eckhart Tolle
 
全ての“中毒”とは、マインドが生きているという喜びの代わりに、外のものに対して、満たされたいという思いの救いを探し求めていることだ。
                      エックハルト・トール

*craving:欲望というか、やらずにはいられないこと、強い嗜好。例えば、ギャンブル、お酒、食べ物、性等々。ここでは「中毒」にしました。


また、これは深いお言葉で。

クリシュナムルティが言った言葉で衝撃を受けたのは、「人間の全ての行動は逃げだ!」というやつ。これを本で読んだ時、最初は激しく否定したけど、よくよく観ると確かに!そう言い切ってしまうのが、クリシュナムルティのすごいとこだ

エックハルトの言葉と若干意味が違うけど、同じことでしょう。

内を見ないで、外に求めるから、全ての苦しみが生じる。

ほんの一瞬で良いので、俗世界を捨てる!と決心した時、心が騒ぐなら、それがとらわれ。

そしたら、ガンガジの言う「ヴィジランス」で不動の自分を感じるのもよし、とらわれ及びその感情を逃げずに体験するのもよし、ラマナの言うように「それを感じている“私”は誰か?」とやってもよし、あるいはマスタードローレスの「愛と感謝の波動を送る」をやってもよし、その他にも色々あるだろうから、なんでもいいんじゃないかな。

ちなみに私もやったけど、神戸の震災かと思うほど騒ぎました

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。