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真我体験 2

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同じ2005年の今度は8月、ガンガジ・イーライのリトリートでの話。

これは年2回あった10日間のリトリートの夏のやつ。350人くらい出席し、朝と午後質疑応答みたいなセッションがあった。
各自が自分の体験を包み隠さず、真摯に述べるのがスタイル。

以前にも各地である講演会やリトリートにも参加してたけど、350人近くの人の前で、マイクを持って自分の内面を語るのはとてもじゃないけど出来無いので、参加はするけど一回も話さず。

しかし、5月に体験した事は自分にとって大事な未知のことだったので、リトリートの半ばにガンガジが「じゃぁ、今まで一度もしゃべった事がない人は?」と言ったので、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、思い切って手を上げたら、ビンゴ!私の番

マイクを手渡され、立ち上がったら、今まで体験したことがないような強烈な恐怖感が湧きあがり、膝はガクガク震え、手も震え、立ち尽くしていました。その間、恐怖感の合間に恥とか、今まで心のそこに溜まってた、色んな感情が沸き起こってきたけど、ただじっと体験していました。

かなりの時間が経った後、ようやくしゃべりだしたら、声が震えている!それでも必死になりながら、自分の思いのたけをしゃべりました。

その時、自分がしゃべるたびにその「思い」が何も無いところから、湧きあがっては、まるで水蒸気のように消えていく様をまざまざと見せられ、体験させられました。

「思い」の本質を見たような、体験した感じで、自分がとらわれ、振り回されている「思い」というのは実は「何も無い。実体の無いもの。」だと気づきました。

ししゃべっているうちに恐怖感も体験しつくしたのか、消え去り、自分が解放されたような、生の自分をさらけ出したような感じで、ガンガジとイーライが私の話に対して返答している時、ガンガジとイーライが視界には入っていて、二人のイメージはあるんだけど、同時に別の意識では「二人」と「私」という感覚はなく、ただただ無限に広がる空間があるだけ。そんな感覚でした。

そのセッションの後、スターバックスに行き、アイスチャイを片手に読みかけのラマナの「不滅の意識」を読み始めたら、一行も読まないうちに、ものすごいエネルギーが来て、本も持てないくらいでした。「なんや、これわ?」と思い、一旦目を本から離し、再度読み始めたら、全く同じ現象。数回トライしたけど、同じ状態。
気合を入れて、再び挑戦し、必死になって2行読んだところでギブアップ

今思えば、ラマナに本を通して祝福して頂いたと勝手に思っています。

『高揚感にひたっている時、店内にスタイルのいいおねえちゃんが入ってきて、レジに進む姿を何の意識も無く、パブロフの犬のように反応し、ぼーっと目が追っている自分に気づき、「あほやなぁ、こいつ!なにやっとんねん?!」と笑ってました。無意識下でもボケとツッコミのわざがでるなんてすごいでしょ!』

その後のリトリートの間にも、「私という存在の実態は愛だ!」とか感じたけど、アパートに帰ってからのほうが実感としてありました。

5月の「心が止まる」状態よりもかなり強烈で、周りの空間も止まっているような、心の中でオームサウンドが響いているような感じがずっと続き、最初の数週間はすごかったです。徐々にそれはおさまりましたが、数ヶ月続きました。

以前のような、何かを求める焦燥感みたいなもの無く、全てが止まり、静寂があるだけ。

瞑想にしてもただ座るだけで、悟りや真我を求める「私」はいない。

その「私」がいないので、スピ系の本は一切読めなくなったというか、読む気にならなくなった。
試しに本を手に取っても、開く気がおこらず、その瞬間にも心は深く深く、内へ内へと向うだけ。

さすがに今は「オームサウンド」や「周りの空間が止まる」感じは無いけれど、「心は止まった」まんまです。

ガンガジ・イーライは「真我を体験した後、それが深まっていく」と言う捉え方をしますが、私はこれが気に入ってます。
日々の生活の中で色んな「テスト」があり、それにより深まって行くような。

「私」が全てを統括していると思っていたけど、それは間違いで、真我が全てを維持しているということをはっきりと体験出来たような気がしました。
私は自分が車の運転手だと思っていたけど、実は助手席に座っていただけ、みたいな感じ。



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真我体験 1

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2005年に私が体験した事は、その後の人生に多大な影響を与えることになった!と、死ぬ時にはたぶん言うだろうなぁ・・・。
まだまだ先の話ですけど。

という事で、真我体験(今度は“プチ”じゃないっす!)

2005年の5月にガンガジ・イーライの弟子による、エニアグラム・NLP・エリクソン催眠療法を使った自我の覆いを取り払う事を目的としたリトリートに行きました。

10日間主にエニアグラムを使って、自分のとらわれを見つめ、様々なゲームにより、深く自己を見つめるような感じかな。

最後の日に願望というゲームをしました。これは自分が望む事を3つ決めて、それが達成した時をイメージし、体験するというもの。その時に何を感じるかを探るのがポイント。
私は完全な健康、悟り、(もう一つは忘れた!たぶんパートナー?か自由?)をやったけど、それらを達成した時に私は心の平安を感じた。
このゲームは自分の外に願望実現を求めるけど、真に欲しているものは内にあるという事をきづかせるのが目的。

しかし、イメージしてる時に、私は自分の人生を、ほんの一瞬の時間に見たような、経験したような感覚に襲われた。
その時に、「俺が本当にやりたい事は、『もうこのような願望実現に終始する人生は送りたくない!』ということだ!!!」と心の奥底から湧きあがって着ました。

その後グループのリーダーの女性に行って、私の体験を話し出したら、号泣
体面を意識するほうなのに、回りに100人ほどの人がいてるのもおかまいなしに、ただただ心から泣いてました。

翌日アパートに戻って、ブラインドを上げて外を見ると、今までと全く違う感覚。
目には全ての景色が入っていて、認識しているけど、それを見ている「自分」がいない。

「心が止まった」というのがその時の感覚に一番近いです。

この感覚は何をしててもずぅっーとありました。御飯を食べようが、テレビを見ようが、全く同じ。
でも、色んな感情は以前と変わらずありました。いいのも悪いのも。

プチ真我体験!?

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気合を入れて、以前から書こうと思っていた“Maxiの真我体験!”

3年前にインドに行った時、マドラスからティルバンナマラィへ車で移動してました。インドの高速(?)は牛も通るわ、人も横切る恐ろしい道で、そこを高速でぶっ飛ばすから、いつ何かにぶつかるか分からないほど。

シートベルトをして、手すりをしっかり握り、ひやひやしながら乗ってた時に、ふと「あっ!俺は今インドの高速を車で走っているけど、“本当の自分”というのは一切微動だしていない存在だ!」という思いが沸き起こり、意識がそれ(真我?)になってしまい、しばしそれに身を委ねていました。

今思えばこれが最初かな

Self Realization ≠ 自己実現

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自己実現という言葉が精神世界では使われるけど、これの大元は英語の「Self Realization」だと思われる。

確かに直訳するとそう訳せるかもしれないけど、はっきり言って誤訳だと思う。

Realizaion は辞書にもあるように、「実現」というのともう一つ、「本当だと分かること」・「認識」があり、「Self Realization」の場合は後者が適当。

どこかの哲学者か精神世界の先生が外国の本をそのまま訳し、概して頭でっかちで、やたら小難しい言葉を使うのがいいみたいな、おかしな思い込みの人が作った言葉かと思う次第です。

「実現する自己」などは無く、ただそれに気づくだけ。

「自己を実現」しようとすると、多大な努力(瞑想等々のスピ系テクニック)が必要で、全ては徒労に終わるでしょう。

努力しつくし、精魂尽き果てた時に初めて、「はた!?」と気づく。

それが「Self」(真我)。

努力しようがしまいが、真我は今ここに。

Yahoo 恐るべし!

フィリピンで私にヒーリングを教えてくれた人のことを書こうかと思い、ふとネットで調べてみたら、案の定何も出てこなかった。
やっぱり無理かと思い、「フィリピン ヒーラー」でウェブ検索。イマイチだったので、今度はブログ検索。

すると一番目の結果が「ヒーラーデヴュー」

あれっ?これどっかで見た事が??

早速クリックすると、俺のブログかい


ヤフーの検索で出て来るとは思わなかったです。

このブログを見る人なんてマイミクさんだけかと思っていたのに!!!

ブログ恐るべし

Spiritual Faith Healing

ネットでフィリピンのヒーリングについて検索したら、色々出てきたけど、“Spiritual Faith Healing”という言葉が結構出てきたので、これから私のヒーリングの名前もこれにします

“Spiritual Faith Healing”
いい感じやなぁ。

テンプレート変更!

ちょっとテンプレートを変更してみました。

暑くなってきたんで、夏らしく。

天職?!

私(?)のヒーリングは「私自身」がするというよりも、神様の道具と化し、神様にヒーリングをお願いする、又は祈りのような感じです。
だから、気功師が患部に気を流して病気を治すのとは違います。

昨日の朝、シロさんのモモちゃんが病気なんで、遠隔ヒーリングになるけど、やってみました。以前見た写真をイメージして、やったわけですが、感触はありました。

やった後には、なぜか猛烈な感謝の念が心から湧きあがり、モモちゃんに、「ヒーリングさせて貰ってありがとう!」という気持ち、ただただ「ありがたい!」という気持ちでいっぱいでした。

やっぱり、ヒーリングは天職か!?

ヒーラーデヴュー!

フィリピンのヒーラーから伝授されたヒーリングをします。 レイキも少し。

伝授されたのはかれこれ20年前。ちまたにはヒーラーになりたい人も多いようですが、私はたまたまフィリピンで、ヒーリングのエネルギーを受け取ってしまった!

その後は会社で働いていたので、ヒーリングする機会がほとんどなし。

それがいつも心に残っていたし、サイキックなヒーラーに会うと、「お前自身がヒーラーじゃないか!」と言われる事も多いので、ずっと気になってました。

丁度誕生日だったから、いい機会なんで、カミングアウト!

教える?って何を?

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今日はアマチに会いに行き、バースデーダーシャンをしてもらったわけですが、たまたま車に乗せてもらったおばあさんが、私の誕生日を知ったとたん、「あなたは今年からTeachingすることになる!」と言われました。

西洋占星術、インド占星術、サイキックリーディング等々やるといつも言われるけど、「一体全体何を教えんねん?」

スピ系の瞑想テクニック的なものもそれなりに知ってるけど、全てが三日坊主で終わってるので、人様に教えるほどのものは何もない!

しいて言えばゴルフ?(力のない人にゴルフを教えるのはうまいです!)たぶん、違うでしょうけど。

筋トレの今年の9月から2年かけて、自分のバックグラウンド的なものを作っていくとあったのは、ちょっと意味深で当たってるかな?!

こういう分からん時は、全て神様におまかせ!

タイトル変更!

タイトル変更!

Maxi's Spiritual Journey もいいんだけど、いまいち書きづらい感じがあったので、shioさんの真似して変更しました。

これからは独断と偏見に満ち満ちた、「ひとり言」が始まります。

スピ系に限らず、思いついた事を気のままに・・・。
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